【短編】女優

woman holding green plant in shallow focus photography

「愛されたい」

このセリフを私以上に上手く言える者はいない。
ユリアはそう自負していた。

 

ユリアは女優だ。

 

しかし、みんなに愛されるような女優ではなかった。
スキャンダルが多く、演技にも波があるなど
癖のある女優であった。


君には才能がある


何度かそう言われたことがあったが
ユリアは自分に対する褒め言葉を
嬉しいと思ったことはなかった。

 

ユリアの生い立ちは複雑で
子ども時代に幸せだと思ったことはなかった。

毎日心の中で泣いて、
毎日笑顔を作って生きていた。

365日
毎日毎日毎日、演じて生きてきた。
その日々が、女優としてのユリアを育てた。

365日
毎分毎秒演技をしていたら
誰だって演技が上手になる。
ユリアはそう思っていた。

 

ユリアはある映画のヒロイン役に抜擢された。
いや、”抜擢されてしまった”。

 

ユリアが演じる「雫(しずく)」という名の女性は
いつも明るく元気で
彼女の傍にいると誰もが癒される
そんな、天使のような存在で。

 

雫の人柄は
自分とは正反対だとユリアは思った。

 

ユリアは何とかしてその役から逃れようとしたが
“雫はそれを許さなかった。”

 

逃れられないのなら
敢えて下手な演技でもしてやろうと
いつものようにユリアはそう企んでいたが

雫の台詞を呟く度に
雫を演じる度に

ユリアの中に
雫が流れ込んできて

最後のラストシーンを撮り終え
我に返った時
ユリアは、しまったと思った。


ユリアは
雫を本気で演じ切ってしまった。


そして
ユリアの演技は
世界中から”称賛されてしまった”のだ。


こんなはずじゃなかった
ユリアそう思った。

 

人々の握手喝采
恐くて仕方がなかった。

 

ユリアは自分の中の
最も美しい自分
内面の謙虚さを
守り抜いてきた。

 

高い評価や褒め言葉は
ユリアの中の高慢さ

「私は特別な才能を与えられた者」

という特別意識のエサになり


自分の中の美しさを
飲み込んでしまうと思っていた。

ユリアの演技力は特別なものだった。
それはまるで、神さまに愛されている証のように
すべての人を惹きつける力があった。


ユリアは
自分の演技力は幼少期から演じてきたからだと
自分に何度も思い込ませようとした。

 

そして、女優生命を絶たないレベルの
スキャンダルを敢えて起こした。
あまり評価を得ないように
時にはわざと下手な演技をした。

 

できるだけ目立たないように
できるだけ称賛などされないように


醜さで美しさが汚されないように
自分を守ってきたのだ。

 

「あなたの才能は素晴らしい!」

 

大勢の人たちからの褒め言葉に
押さえつけてきた醜さが溢れ出す。


ユリアはその醜さから逃げ出すべく
何か問題を起こそうと思ったが

 

“雫はそれを許さなかった。”

 

「雫」はユリアにとって

特別な役だった。

 

雫を演じる度に
雫はユリアの心に流れ込み
ユリアの一部となってゆく。

 

雫は、ユリアの中の醜さを溶かして
震えて抵抗するユリアを
やさしく抱きしめ続けた。


ユリアの中で
ユリアが自分だと認識していたユリアと
内面に現れた雫が手を取り合って
少しずつ混ざり合う。

 

醜さは雫に清められて
ユリアは少しずつ、変化しはじめた。

 

ユリアは、
雫のような明るく元気で
万人に愛される役を演じる機会が多くなった。

 

恐れと格闘しながらも
全力で演じ切った。

 

そして
スキャンダルを起こすこともやめた。

 

喝采の嵐はユリアを苦しめたが
称賛に苦しむ度に
ユリアは自分の心に零れた"愛"から
目を逸らさないようにした。

 

その後ユリアは
日本を代表する名女優となった。

 


「愛されたい」

このセリフを私以上に上手く言える者はいない。
ユリアはかつて、そう自負していた。


「あの頃のようにあのセリフを、
上手く言えなくなったのは、
愛を覚えてしまったからね。」


ユリアはそう言って
やさしく微笑んだ。

 

 

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