【短編】未熟なふたり

 

「生きたくて生きてきたわけじゃないの。
 私は、いつ死んでも構わないの。」 
彼女はそう言った。

 

「でもね、」

彼女はそう続けたが

「分かってるよ。
 死にたいってわけじゃない、だろ?」

 

僕がそう言うと、

「そう、そうなの。」
と、彼女は返事した。

 

僕と彼女は考え方や感じ方、
何もかもがとても似ている。

 

世界とは
簡単に切れてしまいそうな
細い糸で繋がっていて、

今にも飛んで行ってしまいそうな
軽やかな命を宿したふたり。

 

冬の寒い時間
透きとおった夜の下で、

唇から生まれた 
僕と彼女の白い吐息を
透明な夜空が吸い込んでゆく。

 

彼女の手に触れると、
彼女のぬくもりが
僕の命に重みを与えた。

 

彼女を見遣ると、
彼女は薄っすら
微笑んでいるように見えた。

 

ひとりでいると
期待などできない明日は、

ふたりでいるなら
小さな、けれど確かな光が
そこにあるように感じられる。

 

共に居なければ
危うさを捨てきれない、

僕と彼女は
未熟なふたりであった。

 

 

小さな家で共に暮らして、
小さな幸せを分け合って。

 

僕らはそれで満足して
最期まで生きていける、ハズだった。

そう、"ハズだった"、のだ。

 

僕らは、互いの心の中にある
ぽっかりと大きく空いた穴を、
互いで埋め合おうとした。

 

僕らは、互いの心の中にある
渇いた領域を互いで潤し合おうとした。

 

でも、それが叶わなかったのだ。

 

これほど心を通わせ合い、
理解し合える相手はいない。

 

彼女でなければ、"自分"なのだろうか?
僕の手がこの穴を塞ぎ、
心の渇きを癒せるのだろうか?

こんなちっぽけな僕に、何ができるのだろう?
自分の中に、一体何の可能性があるのだろう?

 

あらゆる可能性を秘めていたとしても、
何もかもを手に入れることができたとしても、
どうしても、目につくモノすべてが
形だけがご立派な、ガラクタにしか見えない。

 

なぜならそれらには、
"永遠" が見当たらないからだ。

 

だから思った。
「なんて残酷な世界なのだろう。」、と。

 

決して塞がりそうにない穴と渇きと共に、
もう、それらを解決する希望もなく
このまま生き続けるだなんて...。

 

僕らは互いに愛し合っていたけれど、
僕らはどんどん寂しくなった。

 

多くはなくとも、すべて最低限に
いや、最低限以上に揃っている。
日々困らずに生きていける。


それなのに、「圧倒的喪失感」があるのは、
「何かが決定的に欠けている感覚」があるのは、
なぜなのだろう。

 

互いへの望みが "ある意味" 絶たれ、
放心状態で呼吸をしながら生きる僕らは、
「これが人だ」と悟るには
あまりにも諦めが悪かった。

 

どうしても埋めたかった。
どうしても満たされたかった。

 

どうしても辿り着きたかった。

"何処かに"。

 

しかし、一体何を求めれば、
一体何処へ行けば良いのか分からず、
途方に暮れた。

 

時折、仄かな輝きを見せるけれど、
刹那的なモノしかないこの世界に染まりかけた頃、
ある声が心に触れた。

 

初めて聞いたのに、
懐かしさを感じる声。

 

「君らの探しているものは、見えるものではない。
 真理を探しなさい。それがすべての鍵だから。」

 

その声が不思議と、
心の穴を僅かに埋めて、
心の渇きを少しだけ潤したのだ。

 

僕らは望むものを
一通りを手に入れたところで絶望に出くわし、

暗闇をすり抜けて、
改めてスタート地点に立たされた。

 

"その声" が誰の声何なのか、まだはっきり分かってはいない。
けれど、「すべてを捨て去ってでも追い求める価値がある」
この思いは、間違いではないだろう。

 

"真理が知りたい"  そう思ったとき
"芯から愛されてみたい"  そう素直に願えたとき
ようやく本当の希望が、見えてきた気がした。

 

 

jesuslovesyou.hatenablog.com